大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)18702号 判決

主文

一  被告会社は、原告甲田が住友銀行(取扱店金町支店)に対し金二八〇八万八七七一円及びこれに対する平成四年二月五日から支払済みまで年七・六パーセントの割合による金員を支払うのと引換えに、同原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物につき、民法六四六条二項を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  被告会社は、原告甲野化学に対し、金二二九万一二二五円及びこれに対する平成四年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告乙山は、原告太郎に対し、金二五万円及びこれに対する昭和六二年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告甲田の被告会社に対するその余の主位的請求を棄却する。

五  原告花子の被告会社に対する請求をいずれも棄却する。

六  原告甲野化学の被告乙山に対する請求を棄却する。

七  原告甲田の被告乙山に対する請求を棄却する。

八  訴訟費用中、原告甲田と被告会社との間に生じたもの及び原告甲野化学と被告会社との間に生じたものはいずれも被告会社の、原告太郎と被告乙山との間に生じたものは被告乙山の、各負担とし、原告花子と被告会社との間に生じたものは原告花子の、原告甲野化学と被告乙山との間に生じたものは原告甲野化学の、原告甲田と被告乙山との間に生じたものは原告甲田の、各負担とする。

理由

第一  前提となる事実

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

一  原告太郎は、原告甲野化学の代表取締役として、長女の甲野春子(以下、「春子」という。)、長男の甲野一郎(以下、「一郎」という。)とともに、本件不動産においてメッキ加工の仕事を営んでいた。

二  被告乙山は、被告会社の代表取締役として、不動産仲介業を営んでいる。

三  本件不動産のうちの土地は、原告太郎の妻である原告花子の母ハナのもと所有であり、右土地上にある本件不動産のうちの建物は、原告花子の父丙川竹夫と原告花子とのもと所有(共有)であつた。竹夫が昭和四九年八月七日に、ハナが昭和五八年二月二五日にそれぞれ死亡したことから、相続により本件不動産は原告花子の単独所有となつた。

本件不動産は、現在まで引続き原告太郎及びその家族の生活の本拠地兼営業の本拠地として使用されている。

四  原告甲野化学は、昭和五九年四月初めころには資金繰りが行き詰まつていた。

原告太郎は、そのころ知人の紹介で、被告乙山を知り、手形の割引を依頼したが、かえつて同被告から、原告甲野化学の営業は新会社に引き継ぎ、同原告は倒産させて整理し、本件不動産等の財産は債権者の追及を免れるため仮装譲渡してはどうかとの提案を受けた。

五  原告太郎は、家族と相談の上右提案に応じることとし、昭和五九年四月六日ころ、被告乙山に対し、債権者から財産を守り、原告甲野化学を任意整理して別会社で仕事を継続するための一切の方法を講ずるよう依頼し、同被告はこれを承諾した。

右合意に基づき、被告乙山は、被告会社の代表者として原告花子との間で、同原告が本件不動産を被告会社に売り渡す旨の仮装の売買契約を結び、更に一郎との間で、被告会社が本件不動産を一郎に賃貸する旨の仮装の賃貸借契約を結び、これらに基づき本件不動産につき、昭和五九年四月二〇日被告会社に対する所有権移転登記を、同年六月一五日一郎に対する賃借権設定仮登記をそれぞれなした。

六  なお、この間の昭和五九年五月七日、原告甲野化学は手形の不渡りを出し事実上倒産した。

七  しかし、丁原不動産は、昭和五八年一一月一日に設定していた根抵当権(債務者原告甲野化学、債権の範囲 金銭消費貸借取引等、極度額 七〇〇〇万円)に基づき、本件不動産の競売を申し立て、昭和五九年七月一〇日競売開始決定を得た。

八  原告甲野化学が倒産した後も、原告太郎らは「乙野化工」の名称を用いて本件不動産でメッキ加工の仕事を継続した。昭和六〇年三月一五日には被告乙山の尽力で第二会社として原告甲田が設立され、同社が「乙野化工」の営業を事実上引き継いだ。

なお、原告甲田の取締役には一郎及び被告乙山が就任したが、被告乙山はメッキ加工の実務には関与せず、実際の営業は従前どおり原告太郎を中心に営まれた。

九  しかし、本件不動産は、昭和六〇年七月一六日、丁原不動産により競落されてしまつた。

第二  原告甲田が被告会社に対してなす移転登記請求について

一  《証拠略》によれば、原告太郎は、原告甲田の事実上の代表者として、本件不動産が丁原不動産に競落されたことを知ると直ちに、被告会社の代表者である被告乙山に対し、これを買い戻すことを依頼し、被告会社の代表者である被告乙山はこれを承諾したことが認められる。

二  《証拠略》によれば、被告会社は、原告甲田との間の委任契約に基づき、昭和六〇年一二月二五日、丁原不動産との間で本件売買契約を結び、本件不動産を買い戻したことが認められる(被告会社が本件売買契約を締結したことは争いがない。)。

三  これに反し、被告会社は、原告甲田との間の委任契約の設立を否認し、本件不動産は、どうしてもここでメッキ加工業を継続したいと懇請された被告会社が、原告甲田に賃貸する目的で自ら買い受けたものであると反駁し、本件不動産を取得すると、直ちにこれを、権利金 三〇〇万円、賃料 月額六八万円にて原告甲田へ賃貸した旨主張し、これに沿う証拠を提出、援用する。

しかし、《証拠略》によつて認められる次の(1)ないし(10)の事実に照らすと、にわかに信用することはできない。かえつて、これらの事実、特に、次の(8)の事実によれば、原告甲田が賃料として被告会社に支払う毎月の金員は、受任者である同被告に対する費用の償還として支払うものであり、賃貸借の礼金名目で支払われた三〇〇万円は、原告甲田との間の委任契約の成功報酬であると認めるのが相当である。

(1) 被告会社は、丁原不動産との間で本件売買契約の締結のための交渉を重ね、昭和六〇年一一月二六日、右会社から、代金五四八〇万円で売り渡すことの了解を取り付けると、直ちにその旨を原告甲田の事実上の代表者である太郎に報告し、同人に丁原不動産の売渡承諾書の写しを交付した。

(2) 被告会社は、本件不動産の売買代金を銀行借入れするための交渉費用及びその交通費として、昭和六〇年秋、原告甲田に要求して三五万円の支払を受けた。

また、本件売買契約締結の交渉手数料として、原告甲田に要求して、昭和六〇年一二月二一日に三〇万円、昭和六一年一月三一日に三〇万円の、合計六〇万円の支払を受けた。

(3) 被告会社は、本件売買契約の手付金七〇〇万円を一旦被告会社名義で銀行借入れをして支払つたが(後に本件借入れにより返済した。)、その借入金の利息一五万九七八三円(ただし、印紙代二〇〇〇円を含む。)を、原告甲田に要求して昭和六〇年一二月三一日までに支払を受けた。

(4) 被告会社は、丁原不動産から本件売買契約の残代金支払期日の延期を受けたことに伴い丁原不動産に支払つた八万〇六七〇円の遅延損害金を、原告甲田に要求して昭和六一年二月二五日ころ支払を受けた。

(5) 被告会社が主債務者として本件借入れをなすに際し、原告甲田がその連帯保証人になつた。

(6) 被告会社は、本件売買契約に基づき丁原不動産から本件不動産の所有権移転登記を受けるための費用合計九三万五一〇二円を、原告甲田に要求して昭和六一年四月三〇日に支払を受けた。

(7) 被告会社は、本件売買契約に基づき買主側の負担となつた右売買契約日以降の固定資産税一三万三一一〇円を、原告甲田に要求して昭和六一年五月一日に直接丁原不動産へ支払わせた。

(8) 被告会社は、昭和六一年三月六日ころ、原告甲田との間で、本件不動産を同原告に対し、賃料 月額六八万円、支払方法毎月末日限り翌月分払、期間 五年間として賃貸する旨の契約を結んだが、その際、同原告との間で、原告甲田から受領した右賃料を、被告会社において本件借入れの毎月の割賦返済金に充当する旨を合意し、かつ、原告甲田が将来、毎月の割賦返済金の支払により減少した後の本件借入れ残金に相当する代金で、本件不動産を買い取る権利のあること及びその際被告会社は自己が設定した抵当権等の負担をその責任において抹消することを確認し、また公租公課の負担は原告甲田とする旨合意した。また、これらの合意内容を記載した契約書に、本件借入れの毎月の返済予定表を添付した。

(9) また、右合意と同時に、原告甲田は被告会社に対し、本件不動産を賃借する礼金として三〇〇万円を支払うことを約し、同年四月三〇日にこれを支払つた。

(10) なお、被告会社は本件売買契約に基づく不動産取得税を支払つた他、右(8)の合意と異なり、昭和六一年以降平成元年までの本件不動産の固定資産税・都市計画税を支払つた。しかし、これらの支払は、原告甲田から本件訴訟が提起された後、本件不動産が被告会社の所有であることを明らかにする意図でなされた。

四  そこで、原告甲田との間の委任契約に基づく被告会社の所有権移転登記債務が、更改によつて消滅したか否か(抗弁1)について検討する。

被告会社が昭和六一年三月六日の更改により新たに発生したと主張する売買一方の予約に基づく被告会社の債務は、その目的物は従前と同様本件不動産であり、またその当事者も従前と同様被告会社と原告甲田である。そうすると、右合意は債務の原因を変更したにすぎないから、更改には当たらないというべきである。

したがつて、更改により委任契約に基づく所有権移転請求権が消滅したとする被告会社の右抗弁は、理由がない。

五  次に、解除条件の条件成就により委任契約に基づく所有権移転請求権が消滅したか否か(抗弁2)につき検討する。

1  《証拠略》によれば、原告甲田は、昭和六一年三月六日、被告会社との間で、同原告が本件不動産の賃料の名目で被告会社に支払う月々六八万円の支払を引続き二回以上延滞したときは、本件不動産の所有権移転請求権が消滅する旨の合意(以下、「請求権消滅の合意」という。)をしたことが認められる。

2  また、右支払は、毎月末日限り翌月分払の定めであるところ、原告甲田は、昭和六二年一月末日に支払うべき同年二月分の支払及び同年二月末日になすべき同年三月分の支払を怠り、昭和六一年六月末日になすべき同年七月分の支払を同年八月二日に、同年七月末日になすべき同年八月分の支払を同年九月二日に、同年八月末日になすべき同年九月分の支払を同年一一月四日に、同年九月末日になすべき同年一〇月分の支払を同年一二月二日に、同年一〇月末日になすべき同年一一月分の支払を同年一二月三一日に、同年一一月末日になすべき同年一二月分の支払を昭和六二年一月三〇日に、同年一二月末日になすべき昭和六二年一月分の支払を昭和六二年三月三日になしたことは当事者間に争いがない。

六  そこで、被告会社が右消滅の効果を主張することが権利濫用又は信義則に違反して許されないか否か(再抗弁)につき検討する。

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告甲田と被告会社が請求権消滅の合意をした趣旨は、原告甲田が被告会社に対する毎月の費用償還金の支払を怠り、そのため被告会社が右金員を本件借入れの割賦返済金に充当することができない場合には、被告会社は原告甲田に対し自らの負担で割賦返済金を工面する義務までは負わないので本件借入れの割賦返済金の支払は延滞となること、そうすると、住友銀行は割賦返済の利益を失わせ、残金の一括返済を求めたり、本件不動産に設定してある根抵当権を実行したりすることがあるので、その際は、原告甲田は被告会社に本件不動産の所有権移転を要求することはせず、本件不動産から退去して任意売却や根抵当権の実行に協力し、被告会社に迷惑をかけることのないようにすること、を明らかにしたものである。

2  原告甲田が被告会社に対する毎月の費用償還金の支払を怠つた際、被告会社は割賦返済金を立て替えて住友銀行へ支払つたことがあつたが、同被告のした右立替金は既に返済されている。また、現在住友銀行に対する割賦返済金の延滞も存在せず、住友銀行は、本件借入れの割賦返済の利益を喪失させてはいない。

3  また、被告会社が請求権消滅の合意を根拠に原告甲田の所有権移転請求権が消滅したとの立場を明らかにしたのは、本件訴訟が提起された後であり、それ以前は、被告会社は、原告甲田が支払期日を徒過しても催告もせず、期日後の支払も異議なく受領していた(なお、原告甲田は、昭和六二年二月分以降の支払については、被告会社の代表者である被告乙山を介せず、直接被告会社の割賦返済金引落し用口座に毎月の償還金を入金している。)。

4  仮に、原告甲田の被告会社に対する所有権移転請求権が消滅したとすると、原告甲田は本件不動産を取得することができず、これを取得するため支払つた、毎月の償還金合計約四七〇〇万円余並びに前記理由第二、三(2)ないし(4)、(6)、(7)及び(9)の費用及び報酬金合計約四九〇万円の合計五一九〇万円余が水泡に帰すのに対し(ただし、その間原告甲田は本件不動産を現実に使用占有した。)、被告会社は、右のとおり何らの費用も負担せずかつ報酬金を得た上、本件借入れの現在の残金である後記理由第二、八記載の二八〇八万八七七一円の債務を負担するのみで本件不動産を取得することになる。

5  ところで、原告甲田と被告会社間の合意に基づく毎月の償還金額は六八万円であるのに、原告甲田は、昭和六二年一〇月以降、被告会社に対し、本件借入れの割賦返済金額である月額六七万九三八〇円を支払つているにすぎない。

右1ないし4に認定した事実、特に右1の請求権消滅の合意の趣旨及び2の本件借入れが割賦返済の利益を失つてはいないことを考慮すると、右5の点を考慮しても、被告会社が請求権消滅の合意により原告甲田の所有権移転請求権が消滅したと主張することは、権利の濫用であり信義則に違反し許されないというべきである。

したがつて、原告甲田の再抗弁は理由がある。

七  被告会社が本件売買契約に基づく売買代金の支払に充てるため、昭和六一年三月三日住友銀行から本件借入れをし、同日丁原不動産に売買代金を完済して同月五日本件不動産の所有権移転登記手続を受けたことは、当事者間に争いがない。

八  《証拠略》によれば、本件の口頭弁論終結時である平成四年二月五日現在における本件借入れの残元金は二八〇八万八七七一円、利息は右金額に対し平成四年二月五日から支払済みまで七・六パーセントの割合であると認められる。

九  以上の事実によれば、原告甲田が、原告甲田との間の委任契約に基づき、被告会社に対し、被告会社が右委任事務を履行するため負担した本件借入れによる債務を同原告が支払うのと引換えに、被告会社が取得した本件不動産の所有権移転登記を原告甲田に移転するよう求める原告甲田の主位的請求は、引換え金額を二八〇八万八七七一円及びこれに対する平成四年二月五日から支払済みまで年七・六パーセントの割合による金員とする限度で理由があり、その余は失当である。

(なお、同原告の予備的請求は、原告甲田との間の委任契約に基づく請求が認められることを解除条件とするものであるから、これについては判断の対象とはならない。)

第三  原告花子が被告会社に対してなす移転登記請求について

一  主位的請求について

原告花子は、原告太郎が被告会社の代表者である被告乙山に対し本件不動産を丁原不動産から買い戻すよう依頼したのは、原告甲田のためではなく原告花子のためであり、原告花子は原告太郎に対し右の代理権を与えていた旨主張し、証拠にはこれに沿うかのごとき部分がある。

しかし、これらの証拠は、前記理由第二、三(2)ないし(9)の事実に照らすとにわかに信用することができず、他にこれを認めるべき証拠はない。

二  予備的請求について

原告花子は、被告会社との間で原告花子を予約権利者とする本件不動産の売買一方の予約契約を結んだと主張する。

しかし、これを認めるべき証拠はない。

三  よつて、原告花子の被告会社に対する所有権移転登記請求は、その余の点につき判断すまでもなく、いずれも理由がない。

第四  原告甲野化学が被告乙山に対してなす不当利得返還請求について

一  原告甲野化学は、被告乙山に対し、昭和五九年四月から昭和六〇年二月まで毎月二五万円ずつの合計二七五万円を支払い、これによつて被告乙山は右同額を利得し、原告甲野化学は右同額の損害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠略》によれば、原告太郎は、前記理由第一、五記載のとおり、昭和五九年四月ころ、被告乙山に対し、原告甲野化学の債権者の追及をかわして本件不動産で営業の継続ができるよう、本件不動産の仮装譲渡・賃貸及び債権整理・債権者対策等の一切の協力を依頼したが、その際、原告甲野化学は、被告乙山に対し、報酬として毎月二五万円を支払う旨約したこと、また、これに基づき、原告甲野化学は被告乙山に対し前項の金員を支払つたことが認められる。

三  以上の事実によれば、原告甲野化学の被告乙山に対する右金員の支払は法律上の原因に基づくことが明らかであるから、同原告の不当利得返還請求は理由がない。

第五  原告甲田が被告乙山に対してなす不当利得返還請求について

一  原告甲田が被告乙山に対し、昭和六〇年三月から昭和六一年二月まで毎月二五万円ずつ、同年三月から昭和六二年一月まで毎月三五万円ずつ、合計六八五万円を支払つたこと、これによつて被告乙山は右金員を利得し、原告甲田は右同額の損害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠略》によれば、原告甲田は、昭和六〇年三月設立とともに、原告甲野化学から、原告甲野化学の被告乙山に対する前記理由第四、二記載の契約上の地位を引き継いだこと、また、昭和六一年三月には被告乙山の協力で丁原不動産に対する残代金の支払を完了し、爾後は、同被告を本件借入れの主債務者とし、同被告に賃料名下に毎月の費用償還金を支払うことで、いずれは本件不動産が原告甲田の所有となる手はずとなつたこと、そのため、被告乙山の要求で、同月から同被告に対する毎月の報酬を三五万円に増額する旨の合意をしたこと、また、これに基づき、原告甲田は被告乙山に対し前項の金員を支払つたことが認められる。

三  以上の事実によれば、原告甲田の被告乙山に対する右金員の支払は法律上の原因に基づくことが明らかであるから、同原告の不当利得返還請求は理由がない。

第六  原告甲野化学が被告会社に対してなす回収金引渡請求について

一  原告甲野化学が昭和五九年四月ころ、被告会社に対し、取引先からの売掛金の回収を委任したこと及び被告会社がこれに基づき取引先から、売掛金合計二二九万一二二五円を取り立てたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告会社の相殺の抗弁につき検討する。

1  まず、被告会社は、昭和五九年六月一五日に被告会社と原告甲野化学との間で、同被告が同原告のため立て替えた二二九万一二二五円の立替金償還請求債権と前項の二二九万一二二五円の回収金引渡し債権とをその対当額で相殺する旨の合意をしたと主張して、証拠を提出する。

しかし、右証拠は、作成名義人が原告甲野化学ではなく原告太郎個人であり、表題も被告会社に対する「委任状」となつているなど、相殺の合意を記載した書面としては不自然である。また、昭和六二年に原告甲野化学が右回収金の返還を求めて被告会社と争いになつた際、被告会社は、右の立替金が存在する旨の主張をしたものの、この債権と回収金返還債権とを相殺する旨の合意がなされた旨の主張をしなかつた。これらの事実に照らすと、相殺の合意をしたとの右証拠は、にわかに信用することはできない。

なお、被告会社が昭和五九年四月ころ原告甲野化学との間で、立替金と右回収代金とを相殺する旨のあらかじめの合意をしたことを認めるべき証拠はない。

2  次に、被告会社のなす右相殺の合意の主張は、これが認められない場合には新たに本件訴訟中で相殺の意思表示をなす趣旨を含むと解される。

3  そこで、被告会社が原告甲野化学に対しその主張の立替金債権を取得したか否かにつき検討するに、これに沿う証拠によつても、未だ被告会社がその主張の各立替金の支払をした事実を認めるには足りず、他にこれを認めるべき証拠はない。

したがつて、右相殺の抗弁は、結局理由がない。

三  原告甲野化学が平成四年一月一七日に送達された第二事件の訴状において、被告会社に対し、右回収金の支払を催告したことは、本件記録上明らかである。

四  よつて、委任者である原告甲野化学が、受任者である被告会社に対し、右回収金二二九万一二二五円及びこれに対する催告後の日である平成四年一月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

第七  原告太郎が被告乙山に対してなす不当利得返還請求について

一  原告太郎が被告乙山に対し、昭和五九年九月中旬ころ二五万円を支払い、これによつて被告乙山は右金員を利得し、原告太郎は右同額の損害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  被告乙山は、右支払は被告乙山が原告太郎のため銀行口座を開設したことの成功報酬として支払を受けたものである旨主張する。

なるほど、被告乙山が原告太郎の依頼で第一勧業銀行金町支店で同原告のため当座預金口座を開設したことは当事者間に争いがない。

しかし、原告太郎と被告乙山の間で、口座開設の成功報酬として二五万円を支払う旨の合意があり、これに基づき右金員が支払われたとする証拠は、他の証拠に照らすとにわかに信用することができず、他にこれを認めるべき証拠はない。

したがつて、法律上の原因があるとする被告乙山の抗弁は理由がない。

三  原告太郎が昭和六二年一一月三日に被告乙山に送達された第一事件の訴状において同被告に対し、右金員の支払を催告したことは、本件記録上明らかである。

四  よつて、原告太郎が被告乙山に対し、不当利得の返還として、右二五万円及びこれに対する催告後の日である昭和六二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

第八  結論

よつて、主文のとおり判決する(仮執行宣言は相当でないのでこれを付さない。)。

(裁判官 畑中芳子)

《当事者》

第一事件原告 有限会社 甲田化工

右代表者取締役 甲野一郎

第一事件原告 甲野花子

第一事件原告兼第二事件原告 有限会社 甲野化学

右代表者代表取締役 甲野太郎 (以下、「原告甲野化学」という。)

第一事件原告 甲野太郎 (以下、「原告太郎」という。)

右原告ら訴訟代理人弁護士 本多清二

第一事件被告兼第二事件被告 株式会社 乙山不動産

右代表者代表取締役 乙山松夫 (以下、「被告会社」という。)

第一事件被告 乙山松夫 (以下、「被告乙山」という。)

右被告ら訴訟代理人弁護士 本田俊雄 同 小山田辰男

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例